鬼怒川が大変なことになっていた。
まだ金を稼ぐ意味もよく分からなかった若かりし頃、某有名ホテルで働いたこともある。布団部屋に寝泊まりしながらも、貴重な経験をさせてもらった仕事だ。社長は一代でのし上がった、温泉地の顔役といったオーラをギラギラとばら撒いていた。風呂も宴会場も全てがデカイ。当時の温泉ホテルはスケールが「キラーコンテンツ」で、団体旅行が最重点マーケットだった。
時は流れ、豊かさや価値観が変化し、大型温泉ホテルは斜陽の時代を迎えた。
華やかりし当時、ホテル側は豪華設備を競い、銀行も過剰融資に突っ走った。そしてバブル崩壊。様々な縮小均衡の中で、債務超過はホテルに留まらない。さらに時を経て2003年、足利銀行が破綻する。「逃げの足銀」とさえ揶揄された銀行も、この時ばかりはついに逃げ切れなかった。
そこから負の連鎖が始まったのは自明。だが、正直言うと、私はそのニュースを全く知らなかった。今思うと、栃木県で工場経営していた叔父貴の倒産もその時分だったのだが、たまたま帰省して母から「親戚の出来事」として聞いたに過ぎない。地域経済の問題として、リアルタイムで見聞きする現実感を、想像に必要な背景を全く欠いていた。
さて、件の有名ホテルだが、社長が亡くなられたのは聞いていた。かつて、友達がそこの社長令嬢とお付き合いしていたからだ。彼女は取締役に就き、大株主の一人にもなった。その男友達が「逆玉」に乗ることもなかったが、彼女は彼女で難しい相続もあったことだろう。2005年、産業再生機構の支援を受けるに至る。彼女は多くの物を失った。
昨年、何十年か振りにその彼女と会う機会があった。その席では、顔ぶれも多く、本人とは殆ど話ができていない。ただ、周囲からその後の彼女の険しかったであろう道程の一端を聞いた。バチバチと、電気回路がショートするように過去が蘇った瞬間だ。
今も独身の彼女は、家族と経営再建や国際化などによる地域振興に身を捧げているらしい。今度はゆっくりと話をしてみたいものだ。紆余曲折を経てもなお健在の、あの温泉にも浸かって。
安っぽいドラマである。三作目ともなると、過去の評価を超えられなかったのにも頷ける。
断っておくが、別に冷めた評論をしたい訳でもないし、ましてや作品に熱くケチつけようなどという意図はない。
GW 前半、散歩がてら DVD を借りてきた内の一枚。これといってやることもないので、自宅で寝転がって鑑賞だ。ところどころに、父と息子の絆もプロットとして織り込まれている。親として思うところがないことはないが、主人公が歳を取ったのに合わせた付け足し感も透けて見え、ソレガドウシタという感じだ。
ただ、テレビのこちら側、リアルの世界では、半分ゲームやりながらだが、ソファで寝転がって、親父に付き合って映画を観ている高校生の息子がいる。男同士に会話はない。それがいい。
元々はつゆに付けたときに丁度良い濃さだったのが、どっぷり付けて啜っていくうちに、蕎麦についた水分でつゆが薄まり、最後にはなんとも寂しい食感になった。
気の短いので有名な江戸っ子はこれが気に入らず、半分も蕎麦をすすると
「親父! 替えのつゆだ!」
そこで一計を案じたある蕎麦屋が濃い目のつゆを作り、
「最初は半分程度つけておくんなまし。蕎麦の香りと出汁の効いたつゆが、なんとも言えないでしょ?」
と出した。見栄っ張りの江戸っ子は、「お、こりゃあ、うめーや。通はこうでなくちゃ」と気に入った。
元々濃い目のつゆに半分しか入れずに蕎麦をすするため、確かに最後まで濃いままで蕎麦をすすり終わった。(こりゃあ、良い方法を見つけたもんだ)蕎麦屋の亭主がほくそえんだ時、「うぇ! 親父! このつゆはしょっぱすぎるぜ!」と江戸っ子。
はて? と見てみると江戸っ子が蕎麦猪口の残ったつゆを飲もうとしている姿があった。慌てず主人が
「これは蕎麦で冷えた体にいいんですよ」
と勧めたのが蕎麦湯。
これが大受けして江戸っ子は、ざる蕎麦は端をつけ、最後に蕎麦湯で割ったつゆを煽るのが広まった。
① カミサンと寿司を食べた。
もちろん、クルクルしちゃう方だ。
だが、感心したことがある。精算がハンディ端末でピピッとするだけ。お皿に RFID が埋め込まれていて、枚数はもとより、皿の色毎の単価も間違いなし。改めて観ると、工場や倉庫のコンベアよりも寿司屋の方が普及しているのではないか。
寿司屋のコンベアも凄いぞ。例えば、「エビフライ」とか三皿ぐらい続けて流れてくる。特定の日本酒の瓶が行列で流れてきたのは、明らかに私を狙ったものだった。それらは「生産ロット」なのだ。エビフライ「選手」御一行様の先頭には、必ず、文字通りのプラカードを掲げた「チアガール」がいて、彼女はネタの種類まで知り尽くしている特別な皿だ。
チーム毎の「もしドラ」顔負けマネージャーでもあり、選手一人ひとりの(単品管理で)打率(売れ行きの分析)や健康管理(鮮度管理)までする。事実、私に拾われなかった大吟醸の瓶たちが二週目をラップすることはなかった。ベンチに下げられたのだ。秘訣は皿にある。
② 息子専用無線 LAN ルーターを導入した。
au ショップへ行って、WiFi HOME CUBE を貰ってきた。引越以来、PC に紐を繋いでいるのは私だけで、家族は皆無線だ。それだけではない、息子は PS3 と iPod Touch と Nintendo DS を繋ぎたい。近くガラケーをスマホに切り替えもするという。カミサンは新しい複合機が欲しいといい、言うまでもなく無線だ。家庭内 WiFi は渋滞している。
我が家は数年前から WAN に 1Gbps の光を引き入れ、宅内も全て「カテロク」に張り替えた。なのに、今や 1000BASE に縛られているのは私だけで、家族は誰もが自由だ。だが、カスケードされた無線 LAN ルータとの間は 100BASE だし、無線は 11n である。明らかに隘路であり、この調子で冷蔵庫も電子レンジもなどといった日が来ると、いよいよ大渋滞。
よって、今の内から無線 LAN 二台目を導入したという次第である。息子は今、喜んで「ようつべ」している。
③ アナログの時代は完全に終わった。
引越以来の悲願の一つに「テレビを買う」というのがあった。二ヶ月ほど前にも、電器屋に下調べに行っている。しかしだ、僅か二ヶ月の間に大きな変化が起きていた。それは画面を見ても分からない。陳列の隙間から首を突っ込んで背面を見る人間にだけ分かる変化だ。コンポーネント入力端子がない!
ご存知のない方の為に簡単に説明しよう。昔、ビデオカメラとテレビを三つ又のケーブルで繋いだことがあるだろう。あの内二本(赤と白)が左右の各音声で、残り一本(黄)が映像だ。実はあれ、色の情報を「合成」しているのでコンポジット(composite)という。S-Video という色をきれいに再現するケーブル(大抵黒)もあったが、あの中身は白黒の明暗(輝度信号)と色信号を分離(separate)させたので、”S”なのだ。コンポーネントとは赤青緑で色分けされたケーブルで、元々の構成要素(component)単位で信号が分かれている為、合成も分離も必要のない、最も美しい方法なのだ。
時代が HDMI なことくらい知っている。だが、我が家に残るアナログ機器はどうなる。二ヶ月前「まだある、大丈夫」と踏んだ私の目論見は甘かった。やはり、IT はスピードが必要だ。
④ 余談: IT とは直線距離が少し遠い買い物は先送り。
家計の懐具合の都合で、私の靴は「二週間後にして」と財務大臣おっしゃる。orz
海に行きたい。鯨に遭いたい。例えばそれは、私にとって必要な非日常。
身体を鍛え直さなければいけない。優先順位を組み替えなければいけない。例えばそれは、私の眼前にはだかる日常。
それらのバランスが取れない今は、非日常を夢や妄想として楽しむ。でも、夢のあることに幸福感を覚える。たとえ、今は負け惜しみと言われても、叶えるもののあるアドバンテージなのだ。
娘はイタリア旅行中である。美味い生ハムやワインでも口にしているだろうか。今日辺りは Pompei に行くと言っていたかな。独特の感性を持っている彼女は、行く先々で様々な思いに駆られることだろう。
一方、残された我らが家族は、この週末を私の実家で過ごした。そこで改めて驚かされる、感性の欠片もない実父の旅の感想は規格外である。イタリアもフランスもドイツも全く区別がつかないなんて、まだまだ序の口である。Mont Saint-Michel を掴まえて「江ノ島と同じだったね」と言い切った。

そういえば、彼が初めてアメリカへ行った時、Los Angeles に降り立って、ハンドルを握る私に言った第一声は「中国と同じだね」だった。彼の頭の中は、きっとこんな感じ。

私もどこか旅したい。
のらくろガム
私が洟垂れていた時分、みんなそう呼んでたよね。ね。ね。
何だか、今になって、あれはフィリックスガムでしたって言われても納得がいかないんですけど、マルカワさん。「思い出創造企業」を掲げているけど、僕の思い出は大笑い、もとい、ぶち壊しでっせ。
そこで改めて調べてみたんだが、「Felix the Cat」と「のらくろ」はこんなにも違う。ショック!!

